Loving, Kissing, Smiling, And Living e.p.
1
職場の同僚と忘年会の二次会にむかっている最中、道路をはさんだむこう側に陽介がひとりでとことこと歩いているのを見つけた私は、隣で携帯の画面を見ていた田中さんに「ごめん。やっぱり二次会はやめとく」と小さな声で言った。
「えー、チカさんどうして?」
田中さんは顔をあげると携帯をぱたんと閉じて、私は携帯を閉じたときに見えた田中さんの派手なマニキュアの色に目を奪われいて、田中さんは不満そうな声をあげたあと、にやにやと笑いながら「これから彼氏に会いにいくんでしょう?」と言った。
その表情には出ていなかったけれど、田中さんはかなり酔っているらしくて、路上であるにも関わらず、そこに立ち止まって、声を張りあげながらチカにむかって愚痴をはく。チカと田中さんのすぐ隣りを通っていったサラリーマンは田中さんを見て、そのあとチカを見て、チカと目があうと、すぐに私たちから視線をそらした。前を歩いていた同僚の男たちは呆れた顔で田中さんとチカのことを見ているだけで役にたたず、「そんなことないよ」と私は苦笑いを浮かべながら言って、田中さんに機嫌を直してもらおうとしたのだけれど、田中さんは機嫌が悪いままで、私が途方にくれていると、私たちよりも七歳も若い美紀ちゃんがチカと田中さんのあいだに立ち、田中さんには「チカさんにも理由があるんですよ」と言い、チカには「チカさんも用事があるなら早めに言ってくださいね」と言った。美紀ちゃんの言葉に田中さんの愚痴はしだいに勢いを失っていって、美紀ちゃんが「それよりも次のお店どうします?」とか「私、韓国料理が食べたいかも」と言い出したころには、田中さんも機嫌がよくなりはじめて、「私も韓国料理食べたい」と言った。私たちを黙って見ていただけの同僚の男たちは興が覚めたのか、揃ってため息をついたあと、前をむいて歩きはじめた。私は美紀ちゃんにむかって両手をあわせてほんの少し頭をさげた。美紀ちゃんはにっこり笑い、私は心のなかで「ごめん」と言って、田中さんたちからそっとはなれた。
クリスマスのイルミネーションが建物のネオンと混ざって輝き、駅前はいっそう騒がしさをましているけれど、それらを見てもむかしみたいに気分が高揚することはなくて、それが三十三歳になったからなのか、それとも別のことが原因なのかよくわからない。点滅をくり返すダイオードの青と赤の光に視線をむけたとき、ためらいを感じてすぐ別のものに視線をむけてしまう。その視線もふらふらと定まることがなくて、陽介を探しているはずが、ぜんぜん関係のない店の看板を見ていたり、ふと横を通りすぎていく車のナンバーにむけられたりしていた。
私は駅前から陽介の歩いていた山王大通りのほうへ歩いた。忘年会帰りのサラリーマンのなかに混じって、若いカップルの姿がチカの視界の端を通りすぎていく。佐竹城跡の堀は今の時期になるとライトアップされているけれど、夏のころの蓮の花が満開のときのような華やかさはなくて、どこかさみしく感じる。信号が赤になり、私が横断歩道の前で立ち止まると、隣に止まった車から大音量の音楽が流れている。その車は信号が青に変わると、どの車よりも速く、大きな音をたてて走っていた。駅前と山王大通りをわかつ小さな橋を渡るとき、そこに流れている川の名前を、何年間もそこを歩いているはずなのに私はよく知らなかった。
山王大通りは駅前と比べるとクリスマスの気配が少なく、ビルを見あげると、明かりのついた部屋が点々とあり、それらを一瞬だけ私のはいた息が白くぼかしてしまう。わたしの視線は無意識にビルからその白い息に移っていて、それが消えたとき、その先に見えた青白い星の輝きに私は思わずはっとした。星をまじまじと見るのはどれくらいひさしぶりなのだろうかと考えて、ふと幼いころ星座早見盤を持って外に出たことがあったことを思い出したけれど、いまではそのとき一生懸命に覚えた星の名前はほとんど覚えておらず、空に青白く輝く星の名前もまた私は覚えていない。
空を見あげていると、急に後ろから肩を叩かれたので私はとても驚いた。振りかえると茶色のダウンジャケットに灰色のパーカーのフードを出した陽介が立っていた。
「何やってるの?」
「別に」と私がぶっきらぼうに答えると、チカの態度を気にしたのか陽介が「そんなに機嫌悪くなるなよ」と言ったあと、「何かあるの?」と言ってチカの隣に立って、陽介は空を見あげた。陽介はその大きな目をきょろきょろと動かして、チカの見ていたものを見つけようとするけれど、なかなかそれを見つけられないようで、陽介は何度もチカに「何を見ていたの?」と尋ねて、私は微笑みながら陽介の横顔を見ていた。それに気づいた陽介は「なんで笑っているの?」と肘でチカのことを突っつき、顔を近づけて訊いてきたので、私はまた「別に」と答える。
「大学の帰りなの?」
「うんまあね」と言った陽介はまだ空を見あげていた。
陽介は二十一歳になったばかりの大学生で一年前からチカと同じ職場で品出しのアルバイトをしている。はじめて見たときの印象は大人しそうな感じだったのだけれど、話をしてみると、感情の起伏が激しく、ころころと表情を変えて、よく話し、人懐っこい性格の可愛げある子だった。お酒が好きだけれど、飲めばすぐに顔に出てしまうタイプで、飲み会で顔を真っ赤にしながら、チカの隣の席に座ってきて、「チカさんの手の形が好き」とか「膝のところの骨がぽこって出ているところの形が好き」と言っては、チカによりかかってお酒を飲んでいたのを私は覚えている。
「チカは?」
「会社の忘年会。陽介も誘われなかったの?」
「誘われたけれど、めんどくさかったし。忘年会の幹事ってオーディオの相庭さんでしょ? 俺、あの人苦手だしなあ」
陽介が視線を空からチカにむけて、苦笑いを浮かべたあと、急にばつが悪そうな表情になると、下をむいて、靴のつま先でコンクリートを擦ったりして、そのときチカの隣を通っていった会社員とチカの視線があってしまって、どちたも気まずそうに視線をそらしたとき、ふとその視線の先にあった鏡に映る私たちの姿を見ていると、まるで陽介に別れを言っているみたいに見えて、陽介が顔をあげると、チカの腕に自分の腕をからませて「チカの家に行きたい」と言った。
「別にいいよ」と私が言うと、
「エロいことしてもいい?」と言った陽介の声は語尾が照れて小さくなって、陽介はチカと視線をあわせないようにしていた。私が何も言わないでいると、陽介は何度もチカの表情を盗み見ては、返事が気になるのか、「ねえってば」と言うのだけれど、それだけしか言えなくて、もどかしそうにしていた。山王大通りから新国道にむかうバスに乗っているあいだ、陽介の表情には落ち着きがなくて、窓の外や車内をせわしない様子で見ていて、私はその隣で陽介の様子をこっそりと笑いながら眺め続けた。
2
陽介のおちんちんにさわると、ふたつの睾丸のうち片方だけがほんの少しだけ持ちあがるのを私は見て、「今、ちょっと持ちあがったよ」と言うと、裸になってベッドの端に腰かけている陽介はチカに「何が?」と訊いてきた。「これこれ」と言って、私は右手のなかで陽介の左右で高さの違う睾丸をころころと転がす。「くすぐったいよ」と陽介は笑いながら言って、私が陽介の睾丸から手をはなすと、左右で高さの違った睾丸は同じ高さに戻っていた。私は陽介を見あげて「くすぐったい?」と訊くと、「なんだかむずむずする感じ」と陽介は言った。
陽介には体毛があんまり生えていなくて、ふとももの内側を指先でなぞるとつるつるしている。「体質っぽい」と陽介はチカに話してくれたことがあって、そのときはわずかに生えていた産毛のような脇毛を剃ってあげた。陽介にはお兄さんがいて、そのお兄さんは毛深いらしく、チカはカミソリで陽介の脇毛を剃りながら「それじゃあ陽介の毛はぜんぶお兄さんに取られちゃったのかもね」と言った。
私は陽介を裸にするのが好きで、陽介は服を着たままするのが好きだったから、私たちがするときは陽介は裸になって、私は服を着たままになってしまう。はじめはどちらも裸になっていたのだけれど、私たちが付き合いはじめてすぐのころ、陽介がチカの服をうまく脱がせられなくて、ものすごくショックを受けたことがあって、陽介はそれからチカの服を脱がそうとしなくなった。「恥ずかしい」と言った裸の陽介を私はまだ思い出すことがあって、そのたびに陽介のことをかわいいと思う。
私が陽介のおちんちんをくわえて、舌先でゆっくりとそれの裏側をなめると、陽介はくすぐったそうに身をよじったりするので、陽介のおちんちんを舌と頬のあいだにはさんだり、舌先で陽介のおちんちんの先を突っついてみたり、そのとき「部屋あそこ。鍵開いてるから」と言う女の声とかんかんかんと階段を登る音が聞こえて、陽介のおちんちんを軽くかんでみたりするたびに陽介は笑ったり、また早足で階段を駆けあがる音が聞こえて、何か言ったり、急に黙り込んだりするから面白い。
陽介が「そろそろ出るかも」とチカに言ったので、私は陽介のおちんちんから口をはなした。陽介のおちんちんはそんなに大きくないけれども、だ液でてらてらとしているその姿はいやらしい。私はガラスのテーブルのうえにあるティッシュボックスから何枚かティッシュを取り出して、それで陽介のおちんちんを拭く。上の部屋からどたどたと部屋のなかを歩く足音が聞こえてきて、陽介はチカの髪の毛を触っていて、「だいぶ長くなったね」とか「今度、染めてみない?」なんてことを言っていたけれど、私が陽介のおちんちんをさわりはじめて、「もう染めるって歳じゃないし……」と言うと、陽介はちょっとだけ笑って黙ってしまう。
セックスしているあいだはそんなことないのに、一方的に私が陽介のおちんちんをさわっているとき陽介を見ると、陽介はぷいっとチカから顔をそらしてしまう。陽介は「恥ずかしいから」と言っていたことがあって、「なんだかオナニーしているところを見られているようで」と言う陽介の気持ちはなんとなくチカにもわかって、だからこそ私はそういうときに陽介のことをひんぱんに見てしまうのかもしれない。
陽介のおちんちんがいっそう硬くなるのがわかって、陽介の体は全身に力が入っていて、私がティッシュをその先にあてると、ぴくぴくとしながらそれは射精して、私は陽介のおちんちんから残りの精子を出してやって、そのとき陽介は肩をなでおろし、私はそれをティッシュで拭いてあげた。私はティッシュをまるめて、ゴミ箱にむかって投げる。それは放物線を描いてゴミ箱にむかったのだけれど、隣のカラーボックスにあたって、そのまま下に落ちた。
「ぜんぜん違うところじゃん」と陽介はチカを笑った。「二度手間だよね」
私は「まあいいじゃない」と言ったあと四つんばいになって、それを拾い、手を伸ばしてゴミ箱に入れる。私が四つんばいのままひと息ついていると、陽介がチカのうえにのってきて、耳元で「後ろからしたい」と笑いながら冗談っぽく言ってきた。私が「陽介ってエロいことしか考えてないよね」と言うと、陽介の両手がチカの着ていた薄いピンク色のセーターをまくり、ブラジャーのホックをはずして、「そのセーター、手触りいいね」と陽介がごまかすように笑いながら言って、私が「そうだね」と言って、陽介はチカの胸をさわっていて、私はその手のさわり方がぜんぜんいやらしくなくて、くすぐったくて笑いそうになる。
「重いよ」と私は陽介に言ってみると、陽介はにこにこしたままでチカの胸を持ちあげたり、もんだりしているばかりで、ふと気になって、「陽介の体重っていまどれくらいあるの?」と私が訊くと、陽介はチカの乳首を指先でころころ転がしながら、「それよりもチカの背中ってきれいだね」と言った。
「背中?」
「背中ってなんかざらざらしてるじゃん。俺の背中もそうだし。だけど、チカの背中ってつるつるしてる」
「洗えばとれるんじゃない。あとで背中洗ってあげるよ」
私がそう言うと、陽介はチカの耳元にキスをした。
陽介はチカの胸から手をはなすと、チカのスカートをめくりあげて、パンストとパンツを一緒に膝までおろした。「立ったほうがよくない?」と私が言うと、「そうかもね」と陽介は言い、チカのお尻から手をはなし、陽介が立ち上がってガラスのテーブルのうえにあるコンドームをいそいそと自分のおちんちんにつけているあいだ、私は陽介が膝までおろしたパンストとパンツを脱いだ。
じんと痛んでいた肘と膝に目をむけると、皮膚が真っ赤になっていたので、私は痛むところを揉むようにして撫でていたところ、陽介が笑いながら後ろから抱きついてきたので、私は倒れそうになって、壁に両手をついて事なきを得たのだけれど、陽介の右手がチカの股のあいだに伸びてきて、その指先がまるで私が準備できているかを確認するようにチカのなかに入ってきて、ひと通りチカのなかに触れたあと、チカの太ももでその手をぬぐうと、陽介はチカのなかに自分のおちんちんを入れた。はじめはゆっくり入れていたけれど、陽介は「チカ」と呼ぶのでそのたびに私は「うん」と相づちをうって、陽介のおちんちんがチカのなかにほとんど入ってしまうと、陽介は動きをはやめるとともに、力強くチカの体を押すので、そのたびに私は陽介と白い壁のあいだに挟まれてしまわないようにしっかりと陽介の体を押し返そうとするから、陽介のおちんちんはチカの奥まで入っていく。
私が気になって後ろを振りむくと、陽介は気持ちよさそうな顔をしていて、その顔を見ているとまるで陽介が感じている気持ちよさを私も感じているような気がして、私は陽介の唇にキスをする。私が唇をはなすと、陽介は「チカ、チカ」とまるで子どものようにチカのことを呼んだ。陽介が感じている気持ちよさを同じように感じているチカの気持ちよさを陽介もまた感じているような気がして、ぐるぐるとチカと陽介のあいだをまわる気持ちよさに私は足下がふわふわするような感じになる。陽介もきっと同じことを思っているに違いなくて、それを無根拠に信じられてしまうのは、私たちのあいだでセックスがただそういうものであると思っているからかもしれなくて、陽介のおちんちんが硬くなるのも、陽介の動きがはやくなるのも、陽介がチカの名前を呼ぶのも、陽介の手がチカの胸をさわっているのもぜんぶ陽介が感じている気持ちよさを同じことのように感じているチカの気持ちよさを感じている陽介の現れのような気がして、それはたとえば私たちが楽しいから笑顔になるのと同じような気がした。陽介のおちんちんがチカのなかでほんの少しだけ大きくなった気がしたとき、なんとなく私はいまが陽介にとっていちばん気持ちよいときなんだなあとわかって、そのとき私もまたいちばん気持ちよい瞬間で、陽介はそれを知っていて、陽介が体を私の背中にぴったりとくっつけると、陽介のおちんちんはぴくぴくとしながら精液を吐き出したのが、チカにもわかった。
セックスのあと、私はお風呂をわかして、陽介と一緒に入った。
陽介は「背中洗って」と言って、チカに背中をむけて、私が陽介の背中をさわってみると、その表面はざらざらとしていて、それが背中に点々とあった。私はスポンジにボディソープをつけて、陽介の背中をこすりながら、「痛い?」と訊くと、陽介が「痛い」と言ったので、私はあまり力を入れず陽介の背中をこすりはじめたのだけれど、すぐに陽介が
「くすぐったいよ。もっと強く」と笑いながら言うので、
「さっき痛いって言ったじゃん」と私が言うと、
「チカは背中を洗うのが上手いね」と急にチカを褒めはじめたので、
「こういうときだけ陽介は私のことを褒めるんだから」
私が嫌みを言うと、陽介は苦笑いをうかべ、でもそれがまだ幼い顔の陽介によく似合っていた。
シャワーで背中の泡を流したあと、陽介の背中を指先でふれてみると、泡は排水溝のうえでたまっていて、その下では渦ができていて、ごろごろとした感触がまだ残っていて、私は「今度はちゃんと垢すり買って洗ったほうがいいかも」と陽介の背中をなでながら言うと、排水溝に残った泡は音をたてながら流れていき、陽介は後ろをむくとにやにやとしながら「チカの体も洗ってみたい」と言った。
「いいよ」
「じゃあ、後ろむいて」
陽介に背中をむけると、陽介はシャワーで背中にお湯をかけたあと、ボディソープを手で泡だててチカの背中を洗った。
「スポンジならそこにあるよ」と私は陽介に言ったのだけれど、陽介は、
「手で洗ったほうが肌にいいんだよ。知ってた?」とチカにもすぐわかる嘘をついて、すぐにチカの胸をさわり、「柔らかいね」とか「おいしそうな形」とか「おっぱいっていいよね」みたいなことを陽介が言って、私はお風呂場の壁に飛び散ったボディソープの泡とお風呂場の端に生えた黴のことを交互に見ながら、最後にお風呂場を洗った日のことを思い出そうとしていたのだけれど思い出せなくて、浴槽のほうはまめに掃除しているけれどお風呂場はあまり掃除していないなあ、そろそろお風呂場も掃除したほうがいいかなと思ったあと、私は陽介に「そんなに欲しいならあげよっか?」と言って、陽介と一緒に大声で笑った。
お風呂場だからその笑い声はよく響いたので、その声はたぶん上に住んでいる人にも聞こえていて、上に住んでいる人はその声を聞いて、うるさいなあとか、いま何時だと思っているんだよとか思っているかもしれないし、アパートの階段のところで大声で話をするような人だからたいして気にしていないのかもしれない。陽介がまたボディソープを泡だてると、それをチカの乳首のうえにちょんとのせて、私が「陽介がよく見てるAVみたい」と言うと、陽介はまた笑い出した。
私たちはそんなばかばかしいことをして、笑うのが好きだった。
お風呂からあがって、お互いに体や髪の毛を乾かしているあいだ、陽介はテレビのチャンネルをせわしなく変えていて、そのたびに陽介は「このドラマって面白い?」とか「明日の天気は?」とか「深夜にやってる通販ってけっこう面白いよね?」とチカに訊いてきて、私は私で陽介の言ったことにまったく関係ない「なんだかお腹すかない?」とか「ストーブの火大きくする?」と言ったり、陽介のことを無視したりして、すると陽介は「ねえねえ」と寂しそうに言うので、
「うん」
「うん?」
「何話していたんだっけ?」
「正月の休みのこととかかな」
「休み?」
「休み」
「たぶん、四日からかな」
「じゃあ俺もそうしようかな」
ドライヤーで髪を乾かしたあと、私たちは裸でひとつのベッドに横になった。陽介の髪はまだ生乾きで、「寝癖ひどくなるよ」と私が忠告しても、陽介は「明日は休みだから別にいいの」と言い、目をつぶって、チカに背を向けると、わざとらしくいびきをかきながら寝たふりをするので、私は後ろから手を伸ばして、陽介のおちんちんをさわってそれを硬くすると、手をはなして陽介のおちんちんが柔らかくなるのを待って、柔らかくなったら、またそれを硬くさせたりしていた。何度かそういしていると、耐えられずに陽介が笑い出して、「おちんちんって面白いね」と私が言うと、陽介は「またしたいの?」とチカに訊いて、私は「ただ遊んでいるだけ」と答えたあと、柔らかくなった陽介のおちんちんをいじって硬くする。
「陽介のおちんちんっておちんちんだよね。ちんこでもちんぽでもペニスでもなくて」と私が言うと、
「ぜんぶちんこのことじゃん」と陽介が言ったので、
「陽介のおちんちんはおちんちんとしか言いようがないんだよね」と私が答えると、
「じゃあ、チカのおっぱいはおっぱいだね」と陽介は笑いながら言った。
3
パソコンで知り合いのブログの新着記事を見ていると、「ねえ、話聞いている?」とチカのベッドに横になっている陽介がすねた声でチカに尋ねたので、「聞いてる、聞いてる」と私は言うと、陽介は「ぜったい、聞いていないでしょ」と笑いながら言ったあと、手を伸ばしてテレビのリモコンをつかむと、ブログには今日の夕食の写真とレシピが載っていて、テレビの電源を入れて、はじめに映っていたニュースをだらだらと見ていたのだけれど、ちょっとすると飽きてしまったのか、両足をぶらぶらとさせたり、泳ぐみたいにばた足をして布団を叩いてみたりしたあと、こんどこれを作ってみようと私は思って、テレビのチャンネルをせわしなくかえて、一通りのチャンネルにあわせると、陽介はしぶしぶバラエティ番組にチャンネルをあわせ、小さな画面のアナログテレビを見ながらチカに話しかけてくる。
「ねえ、ねえ」
「うん?」
「いや、特に何もないんだけど……」
「うん、うん」
「チカはどうしていまの仕事に就いたの?」
「うーん、どうしてだろう。あんまり考えたことないし、よくわからないかな」
「そう」
「うん」
「このお笑い芸人いいね」
テレビの画面を見ると、私の好きなお笑い芸人が出ていて、私も「うん、このお笑い芸人いいよね」と言う。「うんうん、そうだよね」と言いながら陽介はリモコンでテレビの音量をあげて、私たちは小さな画面のなかでコントやトークをするお笑い芸人を見ていて、「やっぱりいいね」と言いあう。それを何度か繰り返したあと、お互いにそのお笑い芸人について「いいね」としか言っていないことに気づいて笑ってしまうのだけれど、私たちはお互いに「いいね」と思っていることが言葉にできなくてもなんとなくわかっていて、それが「いいね」というたびに共有されているような気がして、私たちは何度も「いいね」と言ってしまうのだ。
そのお笑い芸人の出ていた番組が終わったあと、私はお風呂をわかすために立ち上がって、陽介はベッドのうえでごろごろしていたのだけれど、チカの後ろについてお風呂場まで来ると、「そういえばこれってどうやってお風呂わかすの?」と訊いてきた。
「陽介のところってこういう感じのお風呂じゃないの?」
「うん。なんかもっと簡単」
「じゃあ、いいところに住んでいるんだね」
「そうなの?」
陽介はしゃがんだチカの肩ごしに湯沸かし器を見ていて、私が「いい?」と言うと、陽介は大きく頷いて、そのせいで陽介の顎がチカの肩に当たって、陽介は「痛い!」と言うと、急に立ち上がって、私は「どうしたの?」と笑いながら言うと、「舌、噛んだかも」と舌足らずな言い方をするのでよけいにおかしくなる。陽介は台所に行って、水で何度かすすいだあとに、うがい薬を入れた水でうがいをしていて、私はガスの元栓をあけて、ハンドルを何度まわして火をつけたあと、蛇口をあけてお湯を浴槽にためはじめる。
「大丈夫?」と私は陽介に訊いたけれど、すく隣でごうごうとお湯が浴槽に流れる大きな音がして、「え? 何か言った?」と言う陽介の返事が聞こえなくて、「何?」とまた訊き返してしまうんだけれど、「何? 俺は何も言ってないよ」と陽介に言われたので、私も何を訊こうか忘れてしまって「なんでもない」と答えてしまう。
お風呂場から出ると、陽介はまたベッドに寝っ転がってテレビを見ていて、私は掛け時計に目をやり、またパソコンの前に座ると、画面が真っ暗だったのでマウスを動かして、そのとき陽介がチカに抱きついてきて、「暇だあ、暇だあ」と言ったので、
「それじゃあ何か映画でも借りてくればいいんじゃない?」と私が言うと、
「それいいね、行こう、行こう!」
と言って、陽介はすぐに着替えはじめて、「ねえはやく、はやく」とチカに言うので、私はパソコンを閉じると、着替え終わった陽介に「お風呂場の蛇口を閉めてきて」と言った。
「いいよ、ねえ、はやく行こうよ」と言う陽介は楽しそうで、なんとなくそれは私にも伝わってきて、私も楽しい気分になってきて、外に出るころには私も陽介もわくわくしながら歩きだしていた。
4
三十歳を過ぎたころから、眠りと覚醒のあいだというものを感じなくなった。若いころは眠りからじょじょに目が覚めていったのに、いまではどんなに疲れていてもまるでそれにスイッチがあるかのように、まどろみもなく目が開いて、意識が覚醒して、私は枕元に置いてある携帯を開いて、いまが九時前だということを知る。手元のリモコンでテレビの電源を入れると、三箇日を過ぎたにもかかわらずまだ正月気分のバラエティ番組が朝からやっていて、私はベッドから立ち上がってストーブのスイッチを入れてカーテンを開けると、携帯が音をたてて震えはじめて、私はたぶん陽介からだろうなあと思って、窓の外を見ながらぐっと伸びをして、リモコンでテレビの音量を少し下げたあと、携帯を開いてメールを見てみると、それはやっぱり陽介からだった。
携帯を枕元に置いて眠るようになってから、眠りから覚めたすぐあとにメールが来るということを何度も経験していて、私は不思議に思っていたのだけれど、もしかしてそれはメールをともなった電波が携帯に受信されるよりも前に私の頭に受信されるのかもしれなくて、それはあまりにも非科学的なことで、眠りから覚めることとメールの着信には因果関係なんてまったくないのだけれど、私にとってそれは充分に信じられることだった。
陽介からのメールには「一緒に初詣にいかない?」と書かれており、上の部屋からは洗濯機の音が聞こえてきて、私はストーブに背をむけて前しゃがみ込むと「いいよ。どこの神社に行く?」と打って陽介に返信した。テレビから馬鹿騒ぎする声が聞こえてきて、私は携帯を目の前に置いて、両手を背中のほうにわましてストーブから出る熱気にあてていると、また携帯が震えだして、サブディスプレイには陽介の名前が表示されていた。携帯を開くとメールではなく電話だったので、私は携帯を耳にあてながら立ち上がって「どうしたの?」と陽介に訊いた。
「寝てた?」と陽介がチカに訊いてきたので、「寝てたよ」と私が正直に言うと、陽介は「ごめん」と言い、そのあと「三吉神社に行こうよ」と言った。
「三吉神社って遠くない? 広面のほうだよね」
私は陽介と話しながら、ベッドのうえに投げ出されているテレビのリモコンを手にとると、その音量を下げる。リモコンを置こうと私の視線はベッド、テーブル、カラーボックス、掛け時計、ストーブ、テレビ、玄関、ミニコンポの順番で見まわしていたけれど、ちょうどよく置くところがなくて、けっきょく右手に携帯を左手にテレビのリモコンを持ったままになっていた。
「車出すよ」
「止めるところあるの?」
私の視線は部屋のなかから窓の外に移り、三箇日のあいだに積もった雪をよせてできた山や車がつくった道路の轍を見たあと、車庫の屋根のうえにのって雪をおろすおじいさんの姿や家の前の狭い道路をすれ違おうとする二台の車が気になったりした。
「なければTSUTAYAの駐車場に止めればいいし」
「人多そうじゃない?」
「三箇日過ぎたから大丈夫じゃないかな」
「じゃあいいよ」
「それじゃあ一時間後くらいに迎えにいくから」
「じゃあね」
「うん、またね」
私は携帯とテレビのリモコンをベッドのうえに置くと、床に転がっているカーディガンをはおって、台所に行って、冷蔵庫のなかから昨日の夕食の残りを出して、電子レンジに入れると、ストーブが警告音を鳴らしはじめたので居間に戻ると、ストーブの灯油がなくなっていたのでなかからタンクを取りだして、玄関にあるポリタンクから灯油を入れた。半分くらい入れたところで灯油がなくなって、神社に行くついでに灯油も買わないとなあと私は思いながら、タンクをストーブに戻して電源を入れた。外からは除雪車が除雪している音が聞こえてきて、私は陽介の車は入ってこれるだろうかとちょっとだけ心配になり、電子レンジからあたためた夕食の残りを出してきて、それを食べた。
陽介が来ると、私は陽介に「それなくなっちゃったから、神社の帰りによっていい?」と言って、赤いポリタンクを指した。「別にいいよ」と陽介は言うと赤いポリタンク二つを両手でちょいと持ちあげて、玄関から出て行った。
陽介の車は紫がかった銀色の旧型のキューブで、いまではキューブは車体が角張っているけれど、陽介の車は車体が角張る前の最後のモデルで、それは陽介の両親が知り合いから引き取ったものらしいのだけれど、「前に乗っていた人が女の人だったらしいけれど、よっぽどデブだったのか運転席のシートベルトはゆるいし、ボディは傷だらけだし、車内でいっぱいたばこをすったのか知らないけれど、やにでべとべとするし、どうせなら角張ってるキューブのほうがよかったなあ」と陽介はよく言っていた。
アパートの前に陽介のキューブはとまっていて、私は陽介に「さっきまで除雪車走っていたけれど、入ってこれた?」と訊くと、「うん、大丈夫だったよ。道はちょっとひどいけれどね」と言って、陽介は運転席に、私は助手席に乗った。
除雪車が通ったあとの轍はチェーンのせいででこぼことしていて、ちょっと怖い。後ろに置いた赤いポリタンクがぶつかり合って軽い音をたてていた。
国道に出ると、融雪剤をまいているのか道路には雪が積もっていなかった。
「ひどい道だったね」
「三箇日のあいだは除雪車も来なかったから、もっと大変だったよ」
「じゃあ、行かなくてよかったのかも」
「正月中、何してしてたの?」
「うん?」
「正月中にバイト来てた?」
「いや、明後日から行くって言ってる」
「正月セールだったからけっこう大変だったよ」
「うん」
「正月は何してたの?」
「映画見たりとか、本読んだりとかかな」
「いつもと変わらないじゃん」
「まあね」
陽介はアクセルを踏む量が雑で、よく交差点を曲がったあとに急加速することがあって、たまに心配になることがあり、前にそのことを言ったことがあるんだけど、陽介は「うんうん」と頷くばかりであんまりその癖は直らない。坂を登るとき、キューブのエンジン音がほんの少しだけ大きくなった。陽介はこのキューブはエンジン音がやけにうるさいと言うけれど、私はそんなに気にならない。
「何見たの?」
「恋愛映画」
「へえ、意外だね。それでどうだったの?」
「なんだか恋愛映画ってパターンがあるよね」
「うんうん」
「あんまり仲良くない男女がいて、それが仲良くなって、だけどなんかいろいろあって離れなければいけないとか仲が悪くなるとかになって、けれど最終的にはやっぱりお互い好きだよねってなるって感じでさ」
「うんうん、それで?」
「はじめから終わりまでずっとお互い喧嘩もしない仲も悪くならないような恋愛映画ってないのかなって思った」
「それじゃあ恋愛映画っぽくないね。別の何かっていうか」
「恋愛映画じゃないの? いちおう恋愛しているんだし」
「恋愛っていうよりももっとありふれたものっていうか?」
「うーん……」
「恋愛も長くしていれば、喧嘩もしないし、仲も悪くならないし。恋愛っぽくなくなるんだよ」
「本当?」
「うん」
陽介は三吉神社の周りをぐるぐるして空いている駐車場を探したけれど見つからなくて、車をTSUTAYAの駐車場に置いた。私たちはそこから歩いて三吉神社にむかう。私は陽介の隣を歩いていたのだけれど、私が何度も転びそうになるので、陽介はそのたびにチカのことを笑って、「そんな歩きにくい靴を履いてくるからだよ」と言った。
「そうでもないよ?」
「嘘だあ」
三吉神社の入り口には私たちと同じように初詣に来た人たちが少なからずいて、「三箇日過ぎても来るんだね」と陽介が言い、私は「昨日まで仕事だったって人もいるんじゃないの?」と言った。
雪の残る階段を陽介と一緒に登り、大きくてくねくねくと曲がった名前もわからない木の下をくぐると、木々のあいだから木造の大きな屋根が見えてきて、私が「あれ?」と陽介に訊くと、「ここ来たことないの?」と言うので、「うん」と答えた。
「じゃあ三吉神社にまつられている神様が何の神様なのかも知らない?」
「うん」
「学業の神様だったかなあ」
「それじゃあ、陽介のことをお願いすればいいのかな?」
「いいよ、そんなことしなくても。俺は馬鹿なんだし」
私たちは笑いながら鳥居をくぐり、初詣の列に並ぼうとするけれど、人が多かったので「先におみくじ引いちゃおうか」と陽介は言った。私は初詣の仕方を知らなかったので、「先におみくじって引いてもいいの?」と陽介に訊くと、陽介は笑いながら「大丈夫、大丈夫」と言った。
本殿のすぐ隣にある小さな出店には四人の巫女服を着た女の子がいて、陽介は「みんなけっこう可愛いね」とチカの耳元で囁いたので、私は「あれってこの時期だけのバイトなんでしょ? 可愛い子を選んだりしているのかな」と陽介の耳元で呟いた。
出店は陽介はおみくじを、私はおみくじと交通安全のお守りを買って、陽介にあげた。私たちは一緒におみくじを開いて、それを読んで一緒に笑いあう。陽介は末吉で私は大吉だった。引いたおみくじは近くの木の枝に結び、私たちは初詣の列に並ぶ。
並んでいるあいだはずっと何をお願いしようか考えていたけれど、「福袋が」とか「お年玉が」とか「セールが」とか、周りからはいろんな会話が聞こえてきて、それに耳を傾けているだけでも面白くて、そんなことをしているうちに自分たちの番になってみると、それまで考えていたことがどんどん頭のなかから抜けていって、お賽銭を投げて鈴を鳴らして、手を叩いて、目をつぶるころには何も考えつかなくて、目をあけて、列から離れて、陽介に「何をお願いした?」と訊かれてから、「陽介の学情成就」と答えてから「陽介は?」と尋ねた。
「みんなの願いが叶いますようにって」
笑いながら陽介はそう言ったあと、「帰ろうか?」と言ってチカの手を握った。陽介の手はとても冷たくて、厚い灰色の雲からはいまにも雪が降ってきそうで、三吉神社は喧噪につつまれていて、私は陽介の握りかえして、陽介の言ったことをぼうっと思い出して、なんだか自分のことをお願いしないところが陽介らしいなあと思って、私は笑っていると陽介も笑っていて、私たちは同じ笑いを共有しているんだなあと思う。きっと陽介の願いが誰かに届いて叶うだろうし、きっとそういうことは別にもあって誰かは陽介のために願ってくれていると私はなんとなく信じていて、そのとき誰かと陽介は何かで繋がっているんだと思う。
もちろん、私とも。
5
目が覚めると陽介はチカの隣でもう起きていて、陽介がそれに気づくと、チカのおっぱいをさわってきて、チカの唇にキスをする。「どうしたの、朝から」と唇を離した陽介を見ながら私が言うと、「朝起きたら今日はずっとやっていたいと思ったから」と陽介は言ってまたチカにキスをする。
「本当に?」と私は笑いながら陽介の目を見ると、「本当」とチカから目をそらさずに陽介が言う。上の部屋からは掃除機をかける音とばたばたと走り回る音がして、外からは除雪車が走っている音が聞こえる。部屋には昨日の夜脱いだ服がまだそのまま散らばっていて、テレビは消音になったまま、食べかけのパスタのお皿でテーブルのうえに残っていて、ストーブまでは手が届かない。
「じゃあ、いいよ」と私が言う。
「チカのスケベ」と陽介は言った。
私たちは大きな声で笑いあった。
(了)